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東京高等裁判所 昭和52年(行ケ)162号 判決

審決を取り消すべき事由の有無について検討する。

(一) まず、本願発明と第一引用例との対比判断の点から考察する。

1(1) 本願発明の要旨が審決認定のとおりであることは当事者間に争いのないところであるが、原告は、本願発明の構成として、アルミニウム導電体の上にニツケル含有層を「直接」被覆することが要件の一つである旨主張するので、以下この点について考える。

ⅰ 成立に争いのない甲第二号証によれば、補正前の本願発明の明細書の特許請求の範囲の記載は、本願発明の要旨のとおりのものであり、直接被覆に限定する旨の文言は全く見当らないし、また同号証と成立に争いのない甲第三号証とを合わせ検討してみても、本願につき当初の明細書の記載中発明の詳細な説明欄の記載が補正されたことは認められるけれども、特許請求の範囲欄の記載は補正されていないことが明らかである。

ⅱ ところで、本願の優先権主張日前にアルミニウムに直接ニツケルめつきすることも、中間金属層を介して間接にめつきすることも、ともに公知であつたことは当事者間に争いがない。

ⅲ そうすると、本願発明の構成要件として中間金属層を介在させる場合を含まず、直接被覆の場合に限るというのであれば、その旨を特許請求の範囲に明記すべきものであるにかかわらず、原告は手続補正を経たうえでなお特許請求の範囲の記載を出願当初の明細書のままにしておいたのであるから、結局本願発明の要旨は、アルミニウム導電体上にニツケル含有量を直接被覆する場合と中間金属層を介在させて間接に被覆する場合の双方を含んでいると解釈するのが相当であり、原告の右主張は理由がない。

(2) 一方、第一引用例には、銅、アルミニウム等の電気導体上に錫、クロム又はニツケルなどの鍍金層を設け、さらに種々の絶縁保護層を設けたゴム被覆絶縁電線が記載されていることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第一・三号証と弁論の全趣旨をあわせれば、第一引用例記載の発明の特許出願当時アルミニウム上へのニツケルの直接めつきと中間層を介しての間接めつきがいずれも周知であつたことが認められるのに、成立に争いのない甲第四号証(第一引用例)をみても、第一引用例は鍍金層について直接めつきと中間層を介しての間接めつきのいずれかを排斥する趣旨のものと解すべき記載は見当らない。

(3) そうであるとすれば、審決が、本願発明と第一引用例との対比において、本願発明は直接被覆に限られるのに、第一引用例は間接被覆のものであるとの点を相違点として取りあげ検討しなかつたことに誤りはないというべきである。

2 つぎに、第一引用例には導体としてのアルミニウムと被覆金属としてのニツケルとの組合わせが示唆されているとはいえないかどうかについて検討する。前記甲第四号証によれば、第一引用例記載の発明は、銅、「アルミニウム」等の電気導体の上に錫、「クロム」又は「ニツケル」等の鍍金を行い又は行わずして其の周りを繊維素塗料又はこれと同一効果を有する塗料の被膜で被覆することを特徴とする護謨被覆絶縁電線にかかるものであり、その目的とするところは、被覆護謨の硫化に際し硫化水素硫黄等の化学作用ならびに硫化後における護謨層中の遊離硫黄の化学作用による芯線の腐蝕劣化等を完全に防止して護謨被覆絶縁電線の寿命ならびに絶縁力を著しく大ならしめることにあることが認められ、その構成上、芯線をアルミニウムとしめつき材料をニツケルとする場合につき直截な記載はないけれども、右構成要件に明らかなように、銅、「アルミニウム」等の芯線に対してめつき層を施こす場合には、めつき材料として錫、クロム、「ニツケル」等の金属を用いることを技術内容とするものであるから、第一引用例にアルミニウムとニツケルとの組合わせについての示唆があることは明らかである。

原告は、また、硫黄による芯線の腐蝕防止には錫、クロム、ニツケル等のめつき層は何ら寄与していないとして、第一引用例の目的からみても、アルミニウム芯線とニツケルめつきの組合せを示唆するものではないというが、甲第四号証によれば、第一引用例には、特に鍍金を施した場合の実施の一態様について、「本願発明ニ於テ心線ヲ鍍金層並ニ塗料ノ被膜ニ依リ二重ニ被覆スルハ心線ノ保護ヲ一層安全ナラシムル為ニシテ」と被膜の理由が記載され、つづいて、「繊維素塗料又ハ之ト同一効果ヲ有スル塗料ノ被膜ハ金属層ニ対スル防銹作用甚タ強大ナルヲ以テ鍍金層ヲ廃シ心線ニ直ニ之等ノ塗料ヲ施スモ心線ニ対スル硫化護謨ノ作用ヲ充分阻止スル事ヲ得」と記載されており、これらの記載からすれば、鍍金層を施しても芯線に対する硫化水素や硫黄の化学作用を完全には防ぎ得ないにせよ、それ以外の原因(例えば酸化)による腐蝕から芯線を保護するという役割はもつぱらこの鍍金層が担うものであることは容易に推察しうるところであるから、第一引用例記載のものの目的からみて、アルミニウムとニツケルの組合わせについての示唆を得ることができないとするわけにはいかない。

3 そうすると、本願発明と第一引用例との対比判断につき、審決に原告主張のような誤りはないといわなければならない。

(二) 成立に争いのない甲第五号証によると、審決が第二引用例として引用したものは、一九六六年八月発行の「電子材料」第五巻第八号第七一頁右欄の三七行から末行までの、「(3)ニツケルメツキ線」の項における「ニツケルの持つ高耐酸化性を利用し、銀ほど高温のものが必要でない目的に使用される。たとえばシリコーンゴム絶縁の芯線には低コストのメツキ厚〇・一~一μ程度のニツケルメツキ線が使用されている。ニツケルは軟質のメツキ層が得がたく、電気抵抗も高いのでメツキ層を厚くしたり〇・一mmφ以下の細線にメツキをすることは機械的に脆くなり、電気抵抗も増大するので好ましくない。しかしながら銀のように電気化学的に銅を腐食する心配がない点が利点である。」との記載であることが明らかであつて、この箇所に挙示されている芯線すなわち被めつき材料は銅であること、原告主張のとおりである。

しかし、甲第五号証によると、右引用箇所は導電材料に関する論述の一部であつて、「メツキ線」に関する説明中の部分であり、その冒頭には「細線になると高温酸化あるいはマグネツトワイヤにおいては含浸ワニスとの相関性において腐食断線が問題となる。このために導体の材質、加工法が重要な要素になる。」(七一頁左欄下から一〇行ないし七行)と記されているほか、導電材料として、銅、銅合金のほか導電用アルミおよびアルミ合金、複合導電材料を挙げて、右「導電用アルミおよびアルミ合金」の項には、「最近導電材料として使用されるアルミの需要は世界的に増加している。このおもな理由は銅にくらべて価格が低廉で安定しており、軽量で導電性(同体積では銅の六二%で同重量では銅の二倍となる)も比較的良いことによる。電気用アルミの欠点は機械的に弱く、耐熱性にとぼしく、これらの改善研究が行なわれている。また耐食性も劣り、接続法は銅より面倒である。」と説明して、導電材料としてのアルミニウムの長所と短所とを併せて説明していることが認められる。これらの記載に徴すれば、第二引用例として審決摘示の「ニツケルメツキ線」の箇所の記述は、導電材料としてのニツケルメツキ線におけるめつきの対象となる芯線として、ことさらにアルミニウムを除外した趣旨ではなく、材質選択の余地が残されているものと解するのが相当である。したがつて、第二引用例は被鍍金導体が銅の場合のニツケルめつきに限られたものであつて、それがアルミニウムである本願の場合と対比することは誤りである旨の原告の主張は失当である。

次に、第二引用例に示されるニツケルめつき層の厚み範囲は、〇・一~一ミクロンであるところ、本願発明のそれは〇・一~一〇ミクロンであるから、広狭の差があることは否定できないが、甲第三号証(手続補正書)によれば、本願発明においてニツケル膜の厚みを〇・一ないし一〇ミクロンの範囲に限定した理由について、「ニツケルはアルミよりもはるかに硬いのでニツケル被膜が線の使用中に亀裂を起す恐れがある。本発明はこの問題をニツケル膜の厚みを薄くすることにより解決した。」(三頁八行~一二行)と記載してあるだけで、他に右数値を選択した根拠を示すところがない。一方、第二引用例においても、前記のように「ニツケルは軟質のメツキ層が得がたく、電気抵抗も高いのでメツキ層を厚くしたり、〇・一mmφ以下の細線にメツキをすることは機械的に脆くなり、電気抵抗も増大するので好ましくない。」との記載があり、本願発明における厚み選択の根拠と同様の技術思想が示されており、しかも第二引用例においても、「メツキ厚〇・一~一μ程度のニツケルメツキ線が使用されている」とされているのであるから、本願発明におけるニツケルめつき層の厚みの範囲は第二引用例のそれをそのまま包摂することになり、第二引用例においてニツケルめつきの対象をアルミニウム芯線とした場合には、本願発明のものと第二引用例によるニツケルメツキ線とは同様の可撓性があり、亀裂防止の効果を奏するものといわざるをえない。してみると、ニツケルめつき層の厚みに差異があることを根拠として、審決が本願発明と第二引用例との対比判断を誤つたとする原告の主張も理由がない。

(三) そこで、本願発明はその進歩性を肯認すべく特段に顕著な作用効果を奏するといえるかどうかについて検討する。

1 まず、原告が請求原因(四)3(1)において主張する効果は、アルミニウム基体上にニツケルめつき層を直接設けることによつて生ずる効果であるから、右の直接めつきの技術思想が本願発明の優先権主張日前に公知のものであつたこと前記のとおりである以上、当然に予測しうる効果というべきであり、格別顕著な効果とはいい難い。

2(1) 原告が請求原因(四)3(2)イにおいて主張する効果も、第二引用例記載のメツキ厚の範囲をこえて一〇ミクロンの範囲まで厚さを拡張した点について、本願明細書は何らその数値選択の根拠を示すところがないから、前記のように可撓性の保持及び亀裂防止のため有効な一般的範囲を定めたにすぎないものであつて、第二引用例記載のものから当然に予測しうる効果というべく、格別顕著な効果とはいい難い。

(2) また、請求原因(四)3(2)ロの電流制御が容易であるという効果は、甲第二、三号証によれば本願明細書に何ら記載がないものであるばかりでなく、ニツケルめつきの厚みの範囲が広いが故にめつき電流の制御が容易となるという程度のことは、電気めつき技術分野における当業者の常識というべきものであることが明らかであるから、これをもつて本願発明の格別顕著な作用効果とすることもできない。

(四) そうすると、本願発明は、第一、第二引用例の記載内容から容易に発明しえたもので特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができないとした本件審決に原告主張のような誤りはなく、これを違法として取り消すべき事由はないといわざるをえない。

〔編註〕 本願発明の要旨および審決理由の要旨は左のとおりである。

本願発明の要旨

「電気化学的方法による導電体の表面を〇・一乃至一〇ミクロン範囲の厚さを有するニツケルを含有する層で被覆したことを特徴とする五mmより小さい直径を有するアルミニウムまたはアルミニウム合金の電気的細線状導電体。」

審決理由の要旨

1 本願発明の要旨は前項記載のとおりであると認める。

2 他方、特許第八三二四四号明細書(以下「第一引用例」という。)には、銅、アルミニウム等の電気導体上に錫・クロム又はニツケルなどの鍍金層を設け、さらに種々の絶縁保護層を設けたゴム被覆絶縁電線が記載されており、前記「銅……鍍金層を設け」の記載には、電気導体としてアルミニウムの使用が、かつ鍍金層としてニツケルの使用が、それぞれ明記されているから、当然にアルミニウム導体の上にニツケル鍍金層を設けることが示唆されているものと認める。

そこで、本願発明と前記第一引用例の記載内容とを比較すると、アルミニウム電気導体表面に鍍金法の如き電気化学的方法でニツケル層を設けた、アルミニウム電気細線導電体を対象とする点で両者とも一致するが、たゞ本願発明はニツケル層の厚みを〇・一~一〇μの範囲に、かつ、アルミニウム電気導体の径を5mmより小さい値に、とくに規定しているのに対して、第一引用例には上記の特定範囲の値についての記載を欠いている点で異つている。

そこでさらに、上記相違点を検討すると、〇・一mm以下の径の細線状電気導体の表面に〇・一~一μ程度の厚みのニツケル鍍金層を設けてなるニツケル鍍金導線は、一九六六年八月発行「電子材料」第五巻第八号第七一頁右欄(以下、「第二引用例」という。)に記載されていて、本出願前公知である。

また、本願発明で用いる5mm以下の径のアルミニウム導線は、細線状アルミニウム導線として通常用いる範囲のものであり、上記の径の限定に格別の意義は認められない。

そして、本願発明において、細線状のアルミニウム導線の表面に前記第二引用例に記載された〇・一~一μ程度のニツケル鍍金層を設けたことによる作用効果として本願明細書に述べられているもの、すなわち、(1)中間の錫などの金属層がないので、アルミニウム芯線中に金属が溶け込む恐れがないという点については、第一引用例の場合でも中間金属層がないのであるから、このような現象が起るおそれはないものであり、第一引用例に比してとくに予期しえないものとは認められないし、(2)ニツケル鍍金層が厚み〇・一~一μと薄いから可撓性があり膜自体の亀裂が防がれ、またアルミニウム芯線に強固に保持されるという点については、第二引用例ではとくにニツケル鍍金をアルミニウム芯線に適用するとの記載はないが、その場合のニツケル鍍金層は〇・一~一μの厚みで本願の場合と同じ範囲にあるから、当然前記の作用効果は記載されていなくても潜在しているものと認められ、この作用効果をもつてしては予期しえないものであることは認められない。

以上のとおりであるから、本願発明は、前記第一、第二引用例の記載内容から容易に発明しえたものと認められ、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができない。

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